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「私の職業観」  余田亮一会員

 「丹波」。この言葉からどんなイメージが浮かぶだろうか。あるアンケートによると、黒豆と回答した人が37%と最も多かったらしい。確かに「丹波の黒豆」は今や全国的なブランドだ。黒豆のほかに多かったのは、栗、イノシシ、マツタケ、篠山や篠山城址。この結果からすると、黒豆を筆頭に、食に関するイメージが強いことがわかる。“食の王国”とも言える丹波。そんな丹波の食の歳時記を編んでみた。
 ■春の味覚
 丹波の早春を彩るのがフキノトウだ。蛇笏賞などを受けた丹波出身の俳人、細見綾子に「蕗の薹見つけし今日はこれでよし」という句がある。綾子はことのほかフキノトウが好きだったらしい。早春の地を割って出てくるフキノトウ。綾子は、フキノトウを口に含みながら春の土の恵みをかみしめたに違いない。
 さて、調理法だが、小さなフキノトウは天麩羅にするのがいい。高温で揚げることで特有のアクも飛ぶ。塩を振りかけて食すると、春の苦味が感じられる。
 大きなフキノトウは一度ゆがいて、水にさらす。4、5日から1週間ほど毎日、水を取り換えながらさらす。私の店では、フキノトウのつくだ煮は、ほとんど甘味を入れずに炊いたものを召し上がっていただいている。フキ味噌は、トウが立つ前のフキノトウを使うのがいい。細かく刻んで水にさらしてから油で炒め、だいたい同量の砂糖と、たっぷりのお酒で伸ばして煮詰める。日持ちが良く、格別の味わいがある。
 フキノトウもそうだが、春は山菜の季節。なかでも山菜の王様と言われているのがタラの芽だ。枝は棘だらけなので、気をつけて採らないと傷だらけになる。丹波では昔、「嫁たたきの木」と言われたらしい。
 タラの芽を採るとき、高枝ばさみのようなものが使われるが、私は、工事で使う時の革の手袋を愛用しており、割と楽に採れる。ただ何べんも先を採っていると、枯れてしまうそうだ。山の中の日当たりのいい場所、新しく道路ができて、陰があるような場所にたくさん生えている。
 山菜と言えば、ワラビも忘れてはならない。私は、ワラビを採りに行くのは早朝と決めている。朝露があって、ひんやりする時間帯にはヘビが出てこないから。そしてワラビを採ってくると、まずはアクを抜く。木灰を使って湯がき、一晩ぐらい水にさらす。卵とじや、白和えにするとおいしい。細かく刻むと、ぬめりが出て、酢の物にしても美味。もずくや、ところてんなどの上にたたいたワラビを乗せ、三杯酢にカツオ風味を乗せた土佐酢で召し上がっていただいている。
 ワラビが出かけると、まもなくタケノコの季節になる。最初にモウソウダケが出て、次にハチク、かなり遅れてマダケが出る。それぞれ風味や持ち味が違う。
 モウソウダケは、木の芽和えや、ワカメと一緒に炊いて提供されることが多いが、味つけをしたタケノコに小麦粉をつけ、フライパンの上でソテーすることで香ばしさが加わるので、タケノコステーキとして提供している。
 ツクシもよく料理するが、掃除が大変だ。黒いはかまが段になってついているので、それを取ると爪の中まで真っ黒になる。湯がいて、さらしてから、ほとんど火力のないような鍋でそろっと短時間に炊くのがコツ。

 ■夏の味覚
 夏は、シロウリ、キュウリ、トマト、ナスビ、トウガラシ、南京などである。夏野菜は、体を冷やしてくれる効能があるようで、夏に限らず、旬のものを食べるのが理にかなっている。
 丹波ではおいしいトマトが作られている。ただ、おいしいトマトかどうかは見ただけではわからない。食べてみないとわからないので、一度おいしいトマトに当たったら、その生産者の名前を覚えておくことだ。
 トマトは冷やしてスライスし、塩をかけて食べるのが一番簡単だが、私の店ではたまにガスパチョというスペイン料理をお出ししている。トマトのスープだ。タマネギを細かく刻み、トマトは湯むきして二つに割り、中の種を取り出す。ミキサーにかけて、キュウリなどをまぜてスープにする。ニンニクも少し入れると、おいしい。
 ナスビは、ナスそうめんにする。皮をむいてスライスし、糸状にする。アクを抜くために水にさらし、ふき取ってから、くず粉をまぶす。一般家庭では、片栗粉でもいいだろう。まぶしたものをお湯の中に入れて湯がく。氷水に落とし、引き上げて軽く水気を取り、そば出汁かそうめん出汁でつるつるっと食する。
 夏になると、地元の川では鮎が取れる。天然の鮎はやはり、養殖の鮎とは違う。天然は、生ではスイカの匂いがする。川の石についたコケを食べているので歯が発達している。それに対して養殖は、浮き餌を食べているので歯が発達していない。焼き上がった鮎を見ると、川で取った鮎は、歯がきつい感じがするので、養殖の鮎との区別がつく。
 ■秋の味覚
 食欲の秋、味覚の秋とも形容される秋。栗やマツタケなどを産する丹波の秋は1年の中でもとりわけ、美味なるものが出回る季節である。
 丹波は古くから栗の名産地として知られてきた。たとえば、元禄10年(1697)に出た『本朝食鑑』に、「丹波山中にあるものを上とす。その大なること鶏卵大の如し」とあり、貝原益軒も「丹波の産は大なり」と記すなど、丹波栗のおいしさとその大きさは群を抜いていると称えている。
 栗を使った料理はいろいろあるが、一般的には甘露煮や渋皮煮だろう。渋皮煮は、硬いところをむき、重層を入れてアクを取るのだが、手間がかかる。渋皮に傷をつけると、商品にならないので気を使う。
 それから栗チップにもしている。きれいにむいてから、包丁で薄くスライスし、水にさらしてから油で揚げる。手間はかかるが、栗本来の甘みが引き出され、おいしい。
 冒頭に、丹波と言えば黒豆というイメージが強いことを書いたが、10月に入ると、本場の丹波篠山には黒豆の枝豆を買い求める人たちが各地から押し寄せ、にぎわいを見せる。篠山では、10月5日頃を枝豆の解禁日にしており、それまでに出回っているものは中生の枝豆か、丹波以外の地で取れたものだ。解禁日からおよそ2週間、3週間までが枝豆としておいしい期間で、それを過ぎると硬くなる。枝豆としてはおいしくないが、やがて正月用の黒豆となり、お節料理として供される。
 煎った黒豆は、そのまま食べてもおいしいが、黒豆茶にするのもいい。煎った黒豆を10〜15粒ほど入れてお湯を注ぐ。しばらくすると出来上がり。2、3回繰り返すと、お茶の味は薄くなるが、みるみるうちに大きくなり、もっと食べやすくなる。
 丹波の秋の王者と言えば、何といってもマツタケだろう。以前のことだが、知人ら4人と山に入り、2時間で27キロものマツタケを採ったことがあった。しかし今では、そんなにマツタケは採れなくなった。一番の原因は温暖化なのではないか。昔は、秋祭りが行われる10月10日頃がもっとも多くマツタケが採れると言われたが、最近では10日ほどずれて、20日過ぎぐらいになっている。
 以前に、漫画の「美味しんぼ」の原作者が来られたことがある。丹波のマツタケが一番だと聞いているが、丹波のマツタケのことを知らないで書くのは嫌だからと言われ、マツタケ山に案内した。すると、畳1枚ほどの広さの所に大きなマツタケが50〜60本生えており、漫画では「そこはまさに黄金郷であった」と紹介されていた。
 マツタケを焼くときは、お客さんの目の前で七輪で焼く。もちろん、すき焼きにも入れる。すき焼きの肉は、丹波で生産された丹波牛。丹波牛は、松阪に行けば松阪牛になる。あとは、土瓶蒸し、マツタケご飯と続く。
 ■冬の味覚
 「雪がちらちら丹波の宿に ししが飛び込むぼたん鍋」と、篠山のデカンショ節にあるように、イノシシは冬の味覚の代表格。ぼたん鍋には、丸大根やゴボウ、コンニャク、白菜、白ネギ、焼き豆腐などを入れて、みそ味でいただく。イノシシの肉は炊くほどに柔らかくなるので、お客さんが来られる時間に合わせて、前もって火にかけ、ちょうどいいタイミングで召し上がっていただいている。
 イノシシのスペアリブも美味。あばらの骨を塩焼きして、焼き上がったものに山椒を振り、かぶりつく。最高の味わいだ。
 冬野菜のひとつ、大根はふろ吹きの状態にして味付けをする。味付けしたものを、タケノコのステーキと同じように小麦粉をつけてソテーをする。からしをつけて食するといい。
 ■郷土料理のある食卓
 サラリーマン川柳の名句に「衣食住、すべてそろった偽装品」というのがある。昨今、食の安全安心が言われているが、それは偽装品が出回っていることの反動とも言える。命の糧となる食だ。偽装品は家庭の食卓から遠ざけ、伝統的な郷土料理を見直したい。おばあちゃんが手間暇をかけてつくってくれた郷土料理には偽装品はない。
 私は、コース料理も出しているが、その中に郷土料理的なものを入れたら、バリエーションがふくらむと思っている。郷土料理は、会話を弾ませてくれるし、舌だけでなく心も和ませてくれる。
 しかし、現代人はみんな忙しく、家族みんなで一緒に食事をすることが少なくなり、インスタント食品やレトルト食品が食卓に上る家庭が増えているようだ。これもサラリーマン川柳だが、「コンビニのおふくろの味、中国製」という食卓は何ともわびしい。とりわけ子供のいる家庭では、郷土料理を取り入れるなど、愛情がたっぷり感じられる食卓であってほしい。
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